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懺悔

10月31日、リンク先のキャバちゃんが、 向こう側へ旅立った。
14歳。介護の必要な子だったが、大往生だったのだと思う。
私もパル母も、オーナーさんの品のある文章や絵が大好きだった。
そして、リンク先の「まだまだ現役」の文字が「現役引退」に替わった。

いずれにせよ、その子は、家族の愛に包まれて、
その姿を、彼女を愛した人々の記憶に刻まれながら、逝った。
私は、それを幸せなことだと思う。


ここに一匹の犬がいる。
在りし日のドン

犬の名はドン。もう10年も前に、向こう側へ渡った犬だ。
中学生の頃に出会った犬。
私にとって大切な存在だった犬。
そのくせ、私は、ドンがいつ死んだかも、はっきり憶えていない。

中1の秋、親父が独立して、店を構えた。
それまで団地暮らしだった我が家は店舗を兼ねた一軒家に移った。
「犬を飼える」
それまでたいして犬なんて興味がなかったくせに、
飼えるという事実に、なんとなく気持ちが盛り上がった。

出会いは新聞の広告。「犬譲ります」という見出し。
生後一ヶ月。兄弟はみな貰われ、一匹だけ残っていた子だった。
母犬はきれいな柴犬だった。父はわからない。北海道犬らしいとのことだった。
帰りの車の中で、少しだけ鳴いたのを憶えている。
しかし、その夜は、しっかり眠っていた。みんなで「大物だ」と笑った。

事件はその一ヵ月後。ドンが突然いなくなった。鎖が外されていた。
道南とはいえ、北海道の冬。しかも、河岸沿いの寒い街だった。
わずかに積もった雪の上の、さらに微かな足跡を見つめ続けて、また一ヶ月が過ぎた。
諦めかけた頃、近所の商店のオバちゃんが連絡をくれた。
「犬、見つけたよ。でも…」
違うと思う…と言う。
もともと、ドンは熊の子の様に、コロンコロンとした子犬だった。
見ると、そこにはすっかり眼が落ち窪み、悲惨な顔をした痩せこけた子犬がいた。
それでも…ドンだとわかった。なぜかは今でもわからない。でも、それはドンだった。

すくすく育ったほうだと思う。病気らしい病気も、その後なかった。

よく海岸線を一緒に散歩した。
覚えたての歌を、ドンを相手に歌った。
ARB、スライダーズ、モッズ、レッズ、ブルハ、やがてストーンズ、ブルースへ。
私にとって、青春と言える歌たちは、ドンと一緒にあった。

一度、散歩中に、リードが外れたことがある。国道沿いだった。
「ドン!」と呼んだ。
ドンは、嬉しそうに尻尾を振って…国道に飛び出した。
そして、車にはねられた。反対車線に飛ばされた。
ちょうど、反対車線に車は来なかった。
しかも、反対車線の向こう側が自宅だった。
ドンはキャンキャン鳴きながら、自宅に走っていった。本当に幸運だった。

近所にドーベルマンがいた。メスだった。
そのドーベルマンはノーリードで散歩をする習慣だった。
きまって、ドンのところにまっすぐ来て、飼い主を困惑させていた。
報われない恋だった。なにせ、いくら振っても、腰が届かない…。

5年が過ぎた。私は18になり、家を出た。
初めの頃は、ドンのことをなにかと気にしてはいたが、
そのうち、札幌での自分の生活が忙しくなっていった。
さらに5年が経ち、就職、結婚と私の人生にとって大きな事件が続いた。
ドンへの意識は、ほとんど消えていた。
たまに帰省しても、「よぉ」という感じだった。


今、ふと思う。
あの頃、ドンは、私をどう見ていたのだろう。



そして、ドンは死んだ。
私にはドンが、いつ、どんな様子で死んだかの正確な記憶がない。
おそらく、お袋からの電話があったのだろう。
そして、「そっか」ぐらいに思ったのだろう…。



パルと出会った。
ブログを立ち上げて、いろいろな方に出会った。
そして、今も偉そうに、パルとの日々をつづっている。
これは誰のセリフだ?
以前、このブログに使用した写真。これは誰のセリフだ?

MOBBYで会った、チョビ君。
パルのリードがすっぽ抜けた件。
愛されながら逝ったタミコさん。

私にとって、すべてがドンへとつながっているように感じられた。

最近、よく目にするオーナーさんたちの言葉。
「うちに来て幸せだったんだろうか」

あなたが、その子を大切に思っている限り、その子は絶対に幸せです。

「そんなのお前達のエゴだ。なんて傲慢な」と言う人もいるでしょう。
確かに傲慢な考え方かもしれません。
でも、犬飼いなら、みんな知ってるでしょう。
ワンコの、あの期待に満ちてあなたを見上げるまなざしを。
そのまなざしに応えているあなたは、間違いなくその子を幸せにしてるんです。
どうか、自信を持ってください。

以上、
今から10年前、そんなまなざしに応えようともしなかった私の懺悔であり、お願いです。

ドン、ごめんな。

| 思い出・記念日 | 00:57 | comments:10 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

MOBBYでも「まだ書けない・・・」って言っていたこと、ようやく書けましたね。
昔は外で飼うのが普通だったから、今のワンコと立場は全然違いますものね。
多分、愛情のかけ方が今のワンコと昔のワンコと違うんでしょうね。
ドン君が初めから座敷犬だったら、きっとパル君と同じくらいベタ惚れだったかもしれないですよ。
それはパル父さんのせいではなく、時代のせいだったかもしれませんよ・・・。

パルくんと出会ったことで、大事なことに気付いてよかったですね。
気付いて欲しくて、ドン君がパル君になって現れたかもしれないですよ・・・。
(江原か?私は・・・)

| ししまる母 | 2006/11/08 01:43 | URL | ≫ EDIT

同じ思いが・・・

私も子供のころに近所で生まれたMIX犬のロッキーを
実家で(外飼い)飼っていました。
小学生の頃は毎日散歩にも行っていたけど
中学生になると自分のことに忙しくなり
散歩も行かなくなり高校になると更に。。。
最悪の飼い主でした。
それでも帰宅するとシッポ振って歓迎!(涙)
何年か経ち、私も結婚しました。
そんな最中、やはりロッキーも老犬(16歳)になり
体調がすぐれないようで食欲がないと母から聞いていたので
たまたま職場から母に電話している最中
ワン!と一声聞こえたのです。
母がちょっと待ってて・・・と受話器を置いて
ロッキーを見に行ったのを覚えています。
しばらくすると母が泣きながら
どうしよう、どうしよう。。。
ロッキーが死んじゃったよって。。。
昼間だったので早退することも出来ず(今なら帰ってたと思う)
母が一人でロッキーの最期を看取り
火葬の準備まで・・・今、思えば
私は何もしてあげられなかった、自分のことに精一杯で。

なのでパル父さんと同じです。
お互い、その苦い経験を二度と繰り返さないように
今、一緒に暮らしている愛犬パルくんにたぁ~ぷり愛情を♪
きっとドン君も見てくれているハズです。
私もロッキーとのこと 同じように思い続けてます。

うわぁ~長くなってしまって、すみません。m(__)m

| nao | 2006/11/08 09:05 | URL | ≫ EDIT

ちょっと時間ないのでまた改めてきます。
とりあえず用件だけ。
⇒ブログのパスです。marblefrillskirt

| ぽる☆ | 2006/11/08 16:18 | URL |

こんばんは
tamakenさんのあなたが、その子を大切に思っている限り、その子は絶対に幸せですという言葉に勇気づけられました。
私はいつも迷っています。
自分に自信がないからかな。

涙がジョビジョビなので、また来ます!

| のりsan | 2006/11/08 18:43 | URL | ≫ EDIT

おなじく私もいつもそらとの関係について自問自答していたので、この言葉にすくわれた思いです。
パルくんを家族にむかえてあらためてドンちゃんがパル父さんにたくさんのことを教えてくれているってすごいことですね。
まさにドンちゃんがパル父さんの心の中にしっかりと生きているのですよね。
お話を聞かせていただいてありがとうございました。

| ミント | 2006/11/08 18:59 | URL | ≫ EDIT

読ませていただいてて私も自分の子供の頃、親戚の家にいた「ジョン」の事を思い出しました。遊びに行くといつも私に甘えてくれた事、一緒に中嶋公園を散歩した事、しばらく振りに行ったら、もう死んでいなくなってた・・などを久しぶりに思い出し、ちょっとウルウルしました。
パル父さんありがとう。
また遊びに来ます。

| プチャ○ | 2006/11/08 21:45 | URL |

考えさせられる。。。

何かとってもいいお話で考えさせられるなぁ。
私は犬は飼ったことがないけれど実家には
セキセイインコがいて一人っ子の私はすごく可愛がって
いたし私にしか懐かなくてほんと大事にしてたのに
結婚して子供を生んで、、、
ほんとパル父さんと同じような感じでした。
空を大切に最後まで幸せにしたい!!と強く思います。

| さくら | 2006/11/08 23:12 | URL |

こんにちは

私も小さいときから動物に囲まれて育っていました。
動物はお友達。そういう意識が小さいときから刷り込まれていて、
結局今でも動物と一緒e-68
小さいときに感じた嬉しさや悲しさは、大人になってもそこから離れられず、そんなことを感じた記憶がなくっても、ちゃんとそこに還っていく。
そして思い出すんですよねー。あぁあんなこともあったんだ。って。
記憶の片隅にあるようなものでも、今の私を作り上げているんだなぁって、時々ふと思います。
失敗したことや後悔したことも、今では大切な思い出になっていますね。
この子達は私の宝、私の幸せであり生きがいです。
もし旅立つことがあっても、最後まで一緒にいてやりたいと思っています。

こんなこと考えさせられるのは久々だなー・・・
tamakenさんに感謝。

| ここなっつ | 2006/11/09 14:24 | URL |

わたしは小学校の低学年の頃から室内犬と暮らしています。だからわたしの生活に犬は当たり前のような存在です。
でも、茶々恋々のような何においても、ただ愛しいという存在は初めてでした。
2年前に実家のシーズのチャッピーが癌で虹の橋を渡りました。
容態が急変した時、何度もわたしの携帯を鳴らした母でしたが、わたしはそんな時に限って携帯を持ち歩かず
チャッピーの死に目に会えなかった。
tamakenさんと同じように結婚をし、しかも、その時は茶々を迎え入れてたので愛情は確かに茶々に集中していたのです。
わたしは、後悔してたくさん泣きました。
そんな時、母が優しく『チャッピーには、たくさんの事をやってあげて治療も出来る限りの事をしてあげた。思い残す事はないよ、チャッピーはみんなに可愛がられて幸せだったよ。』って。
その時に、いつか来る茶々と恋々の別れの時にこんな風に言えるように、そしてチャッピーの分もいつも愛情いっぱいで育てたいと思いました。
なんか、あの時の事を思い出せてtamakennさん、感謝です。
なにか自己満足のカキコミでスミマセン(汗)

| 茶ま | 2006/11/09 19:13 | URL | ≫ EDIT

>ししまる母様
正直、書くのがしんどかったんですが、ようやく書けました。
確かに、あの頃と今とでは、時代が違いますが、
それにしてもあの頃の自分は…と思うわけです。
ドンがパルになって現れたとしたら…
けっこう、リアルに感じられる私は、国分くん?

>nao様
うわぁぁ。読みながらウルッときたぁTT
なにか伝えようとしたんでしょうね、ロッキーも。
そういうときのワンコの顔って、
不思議なくらい笑顔に思えるんですよね。
その思い出の笑顔がまた申し訳なくてね。

>ぽる☆様
了解です。リンクはこのままでいいのかな?

>のりsan様
うん、迷うのは、もうやめましょう。
正解なんてないんだろうし、
大切なのはその思いだけ。
思いに自信なくてもいいんですよ。

>ミント様
もう10年以上前に死んだドンに、
今、教えられてるってのが、自分でも不思議です。
私の懺悔なんですから、お礼なんて言わないでくださいな。

>プチャ○様
みんな、思い出のワンコっているんですね。
その子との関わりかたって、憶えているものですよね。
その時の景色や温度や、匂いまで。
ふと思い出して切なくなる時があります。

>さくら様
小学生の時、インコを飼ってた時期もありました。
団地だったもので、インコぐらいしか飼えなかったんです。
肩にとまったり、おしゃべりしたり…。
あぁ、なんか、一気に思い出してきた…。

>ここなっつ様
いつも考えていなかったりすることでも、
ちゃんと自分を作り上げる材料になってるんですよね。
突然よみがえる思い出に自分で驚いちゃったりしてね。
懺悔です。お礼はご勘弁を。

>茶ま様
私はお母様のように、言えるかなぁ…。
愛しきった方の言葉ですよね。すごいなぁ。
思い残す事のないぐらい、愛したいですね。
私の懺悔もしょせん、自己満足なのかも知れません。
お気になさらず。

| tamaken | 2006/11/09 23:35 | URL | ≫ EDIT















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